◆野馬追の由来

相馬家の祖といわれている「平小次郎将門(たいらのこじろうまさかど)は今をさかのぼること一千有余年の昔、新しい軍事力として馬の活用を考え、下総国葛飾郡小金ケ原(現在の千葉県北西部)の牧に野生の馬を放牧し、関八州(北関東八ケ国)の兵を集め、野馬を敵兵に見立て野馬を追い、馬を捕える軍事訓練として、また、捕えられた馬を神前に奉じ妙見の祭礼として行ったのに始まったと言われています。
その後、元亨3年(1323年)、相馬氏は奥州、行方郡(現在の南相馬市)に移り住んでからも、代々の相馬領主が、明治維新までこの行事を連綿と続けたのであります。
相馬家は鎌倉時代より幕末までお国変えのなかった希少な藩であり、現在でも総大将は相馬家の子孫が務めています。

福島県南相馬市を中心に相馬、双葉郡に至る、旧相馬中村藩領(二市四町一村)挙げて開催される国の重要無形民俗文化財「相馬野馬追」は、戦国時代のその昔から一千有余年の歴史を誇る日本を代表する伝統文化行事であります。
毎年、7月下旬の3日間、500余騎の甲冑騎馬武者が出場し勇壮華麗にして豪華絢爛にくり広げられる戦国絵巻。「相馬野馬追」は「世界一の馬の祭典」ともいわれています。

 

【宵祭り】… 1日目

 

出陣 ――― 相馬市・南相馬市

出陣式は相馬中村神社・相馬太田神社・相馬小高神社の各妙見神社で行われ、総大将を擁する相馬中村神社では、出陣の儀式はとりわけ厳かである。それぞれの神社に参拝し、祝杯をあげ、やがて出陣の準備が整うと大将が出陣を命じる。 軍者の振旗を合図に螺役が高らかに螺を吹き、いざ出陣。
 

総大将お迎え(12:00) ――― 南相馬市(鹿島区)

総大将お迎えの儀式は古式に則ったもので、総大将よりの伝言は早馬により、逐一知らされ北郷陣屋にはひときわ緊張感が漂う。 その後、総大将お迎えの儀式を終えた宇多郷、北郷勢の一隊は一路雲雀ヶ原祭場地のある原町区に向かう。
 

宵乗競馬(14:00)  ――― 南相馬市(原町区)

熱気あふれる古式競馬の再現
馬場清めの儀式が相馬太田神社宮司によって行われ、 螺役が全山に鳴り響くと、白鉢巻に野袴・陣羽織といういでたちで、いななく馬にまたがり、宵乗り競馬が開始される。 騎馬武者達による古式馬具をつけて、一周千メートルの馬場を走る競馬は荒々しく、古式再現の熱気が伝わってくる。

 

【本祭り】… 2日目

 

お行列(9:30) ――― 南相馬市(原町区)

夏空にとどろく花火を合図に、三番螺、陣太鼓が鳴り響き、出発を告げる。 相馬太田神社に供奉する中ノ郷勢を先頭に、相馬小高神社(小高・標葉郷勢)、相馬中村神社(宇多・北郷勢)の順に総勢五百余騎。 総大将、執行委員長、軍師、郷大将、侍大将、軍者、組頭、螺役長・・・などの役付騎馬が整然と駒を進める。  行列は陣螺・陣太鼓の合図により時に止まり、時に前進して隊列を整えながら、約三キロメートル先の御本陣雲雀ヶ原の祭場地へ。騎馬武者全員が甲冑をまとい、太刀を帯し、先祖伝来の旗差物を風になびかせながらの威風堂々にして豪華絢爛な戦国絵巻は、まさに天下無比の圧巻であり、文化財的逸品が揃う「お行列」は動く文化財展として好事家に野馬追をもう一度見たいと言わせる所以である。
 

甲冑競馬(12:00) ――― 南相馬市(原町区)

祭場地に到着した行列は、神輿を御本陣に安置し、式典を挙行。しばしの休憩をとった後に、勇壮な甲冑競馬が行われる。甲冑競馬の開始を告げる螺の音。若武者たちは兜を脱ぎ、白鉢巻をしめる。駿足に自信のある馬にまたがり、先祖伝来の旗差物をなびかせながら風を切って疾走する。この甲冑競馬は、一周千メートル、十頭立てで十回行われる。指旗のはためく音、鎧、草摺の摺りあう音・・・。渾然となった音のかたまりが、砂塵が舞う中を走り抜ける。迫力と感動のシーンだ。
 

神旗争奪戦(13:00)  ――― 南相馬市(原町区)

山上の本陣から陣螺が鳴り戦闘開始の合図を告げると、騎馬武者達は馬を駆し、雲雀ヶ原に格好の場求めてたむろする。  陣螺が鳴り終え、空中に炸裂した花火の中から二本の御神旗がゆっくりと舞い下りると、数百の騎馬は一斉にその方向へ。旗の下に群がり、鞭を振りかざしての奪い合いは、抜刀こそないが、まさに戦闘さながらである。御神旗をとった騎馬武者は高々と誇らしげに旗をかかげながら、本陣山の羊腸の坂を一気に駆け上る。この時のどよめきと喝采は、旗を得た者の最高の栄誉だ。こうして花火二十発・御神旗四十本が打ち上げられ、そのたびに旗の波が揺れ動く光景は一幅の戦国絵巻をも彷彿させる。
 

火の祭(19:30) ――― 南相馬市(小高区)

昔、騎馬行列が雲雀ヶ原祭場地より帰るころ、住民が沿道に提灯や松明をかざして慰労の意を表したのが始まりである。
このことをヒントに、1892年(明治25)年、祭りの気分を一層もり上げるために、「火の祭」が考案されました。
当時は小高神社から見渡せる丘陵や田のあぜ道に、灯油を入れたホッキ貝を棒にぶら下げて並べ、さらに行列が小高神社に到着するのを合図に、数百発の爆竹や花火を打ち上げました。
火の祭は、このとき以来100年余り続き、花火打上場所周辺の田んぼのあぜ道や前川の土手に、点々と並べられたかがり火(火の玉)を灯すと、幻想的な風景が浮かびあがり、この後、一面に灯ったかがり火の中から、花火を打ち上げる。
この『火の祭』は、震災後休止していたが、今年6年ぶりに復活する。小高区の復興と再生を目指し、復興のシンボルとして、夢や希望、感動を届ける。

 

【野馬懸】… 3日目

 

野馬懸(9:00) ――― 南相馬市(小高区)

荒々しく繰りひろげられる古式の神事
野馬懸は、多くの馬の中から神のおぼし召しにかなう馬を捕らえて奉納するという神事である。 昔の名残を留めている唯一の神事といわれ、古式にそったこの行事が、国の重要無形民俗文化財に指定される重要な要因となった。騎馬武者が馬を小高神社境内に追い込むところから行事が始まる。馬を素手で捕らえるのは、御小人とよばれる数十人の若者たち。 小高神社神官のお祓いを受け、白鉢巻・白装束といういでたちで荒れ狂う馬の群れに飛び込む。屈強そうな馬に御神水に浸した「駒とり竿」で印をつけ、この馬を御小人総がかりで捕らえるのである。こうして第一番に捕らえた馬は、神馬として妙見社に奉納される。 野馬懸行事をもって三日間にわたる相馬野馬追祭は幕を閉じるのである。

相馬野馬追執行委員会

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福島県南相馬市原町区本町二丁目27番地
TEL:0244-22-3064/0244-24-5263
FAX:0244-22-3100
WEB: http://soma-nomaoi.jp/

南相馬市博物館

相馬野馬追の勇壮な神旗争奪戦の様子をジオラマで再現しています。
このほかに甲冑・野馬追の祭具・野馬追図の屏風などを展示し、一千有余年の伝統を持つと伝えられている相馬野馬追の歴史と変遷について紹介しています。
 
福島県南相馬市原町区牛来字出口194
TEL:0244-23-6421
WEB: http://www.city.minamisoma.lg.jp/index.cfm/24,html

 
 












<お問合せ>

相馬地方市町村会

〒976-8601
相馬市中村 字北町63-3
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